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2010/08/12(木) 10:38:03 []

昔、大学を出て初めて勤めた仕事場で。

当時は、確か、オイルショックのあとの不景気時代で、その前の高度成長期の好景気を経験した先輩達と、その後の不景気時代にはいった私たちと、ずいぶんと経験する事に差があった。

高度成長期には、事務所では、欲しいものや、かっこいいものや、新しいものや、そんなものをさっさと購入していたそうだ。


一番有名なのは、事務所のボスの夫人が、銀座を歩いていて、「色が可愛かったから」と言って、ミニを買ってきたと言う話。そのミニは、いわゆる「あたり」で、私がはいったころも快適に走っていた・・・。

だが、私がはいった時にはそんな時代は昔のお話で、何か必要なものを購入してもらうにも、事務所のセクレタリーの「本当に必要ですか?」という質問に、きちんと答えられないといけなかった。

当時は、手書きで図面を描き、青焼き機でプリントしていた時代。鉛筆の芯は必要だし、消しゴムも必須。トレーシングペーパーも、青焼き機の印画紙ももちろん必要なものだった。

では、電卓の電池は?

電卓は、事務所の備品ではなく自前だった。備品としての電卓を、一人一人は支給されていなかった。

しかし、建築の設計には計算は必須。

その計算のための電卓を、私たちは、ほとんど、皆自前で持っていた。私はちょっと前まで学生だった事もあり、高機能の電卓を使っていた。様々な計算、三角関数はもとより、微積などもできる様な。

その電卓の電池を買って欲しい、という事になった。

  その電卓は個人のものでしょう?
  はい。でも、事務所のお仕事の計算をしています。

そんな、問答。欲しいものがある時には、きちんと必要性をアピールしないといけない。欲しいと表明する前に、必要性を他人に納得してもらう事が必要だった。

事業仕分けを見ていて、そんな事を思い出した。
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2009/02/24(火) 18:01:41 []

都庁の改修工事を、今後10年間かけて行うのに、780億円かかるのだそうだ。

いっそ、売り払って、新しい、もっとこじんまりしたものを造った方が、都民の税金の効率的な利用法として、正しいのではないか、と思う人がいても、不思議はない。

私はそう思ってしまう。第一、元々、なんか不必要なものを造ったんじゃない?の感の否めなかったし。

できてすぐに都庁に確認関連で行ったとき、もう既に、「倉庫が足りないので、他の場所に収納を借りて保管している」って言って、書類見せてくれなくて、もめたこともあったし。

こんなお金かけて造っておいて、他に場所借りているって、ドーユー意味よっ?っと。そのお金って、税金?っと。

あるものを、そう簡単に放棄することに対する疑問は承知の上で、この今の都庁って、問題あり過ぎって、そう思う。

担当の役人は、その費用について、1600億弱で建てたものの改修工事が、その建設費の半分以下というのは悪くないと考えているそうだ。そぉおぉ~~?

2009/02/05(木) 18:55:56 []

東京都による 住まいの耐震フェア が開催されます
2009年3月7日 10日 11日 12日

「きっと来る その日に備えて 耐震化」

(が評語だそうです。ん~・・・・)

2008/07/02(水) 19:04:51 []

建築士会主催のミニシンポジウムに参加しました。講師の一人が、私が学生の頃、教授職にいらしたS先生でしたので。

あとから気がついたら、このシンポジウムは、女性部会の主催で、もう一人の講師Yさんは、今は事務所を閉められましたが、女性建築家の走りとも言える方でした。

「はつらつと住まう」というミニシンポで講演されたお二人は、矍鑠と、と言っては失礼なほどにお元気そうでしたが、はつらつとというよりも、ご自分の「時」を謳歌しているといった感じで、実にうらやましい限りでした。

さて、私は知らなかったのですが、戦後(第二次世界大戦後)、青春のまっただ中にいらした女性建築家の方達は、PODOKOという集まりを作っていたそうです。

そのPODOKOが何を意味するのかを質問した方に、Yさんは、「ええとねぇ、えっと、なんとかと、ディスカッションと、あと、コミュニケーションだったかしら、それとも、クリエイションだったか、、、、資料を見れば解るのだけど、」

と、そう、もう50年以上前のこと、はっきりしない、とのこと。

「こ、これ、PODOKOは、何語からとった、略ですか?」

とお聞きすると、「エスペラント語」と、これには即座にお答えになりました。

なんと、エスペラント語。

時代の勢い、その時代の人々の希望、そんなものを感じ、さらにさらに、うらやましく思ったのです。


学生時代、八王子のセミナーハウス(だったと思う、今でもある?もう無い?)で、2年連続して、S先生とはタンゴを踊りました。いや、私は踊れなかったです。っで、このくらい踊れなくてどうする、といわれ、来年までに練習しておきます、と答えたら、次の年、先生は、しっかり覚えておいでで、また、だめだしされました。

懐かしい、学生時代の思い出です。

2007/12/21(金) 17:21:15 []

クリスマス、年末がもうすぐそこ、ということで、住宅街でも、あちこちの家が、イルミネーションで着飾っています。

最近は、青色LEDが流行りのようです。

青が一番省エネらしい。たしかに、熱量を必要としない光のように感じられます。

だからでしょうか、私には、この年末の冬の夜に輝く青色の光は、どうにも馴染めません。

キリストのイメージとも、年末、お正月のイメージとも、青色の攻撃的な光は、しっくりいかないと思うのです。

冬の夜空には、もっと温かい光が良いなぁ。省エネは、個数を減らすのでは、ダメなのでしょうか?

2007/12/04(火) 18:10:34 []

トイレといっても、住宅のトイレではありません。

先日、本当に久しぶりに、飛行機に乗りました。新しい羽田飛行場が初めてでしたから、かなりの月日、空港へいっていなかったということになります。

朝の用事を終えて駆け付けた飛行場のトイレに飛び込み、お化粧をしようと・・・。改まった席でしたので、必要だったのです。

飛び込んだトイレは、とても、ヒトがお化粧をできるような代物ではありませんでした。

ちょうどお掃除中の女性に、「この羽田空港内で、お化粧のできるようなトイレか、場所か、どこかありますか?」と尋ねました。

「ないんですよ~ぉ。」

高速道路のサービスエリアの女性用トイレは、その点、いろいろな工夫がしてあるところが増えています。デパートも、鉄道の駅も、トイレはいろいろと工夫があるような気がします。

羽田の貧弱なトイレには、がっかりでした。

2007/11/30(金) 17:02:03 []

東京は御近所との付き合いがない、かと言えば、そうではないと、つくづく思います。

私の母が亡くなった時、御葬式に、多くの方達が列席して下さいました。前夜のお通夜にもきてくださり、御葬式にもきてくださり、そして、ほとんどの方達が、出棺を見送ってくださいました。

東京の住宅地に住み着き40年余り、サラリーマンの家庭ですから、たいして御近所との付き合いがあったわけでもありません。

都会の集合住宅や、新しく開発された住宅地では、誰もよそよそしていて、御近所のことなんかかまわない、、、なんて言うけど、新しい場所では、それが、当たり前のことなのだと思います。

個人的に感じるのは、3年ある地域に暮らすと、少しだけ、その地域のことがわかって来ます。5年暮らすと、廻りの人達の顔を覚え、なんとなく、自分が、そこに属しているような気分になります。

5年間暮らしたロンドンの町のクリーニング屋のおじさん、八百屋のおじさんが、隣のおじさん達、日本へ帰るのだ、と言った時、とても名残惜しそうに、こちらへきた時には、またよってくれ、と言っていました。住み始めた当初は、なんだ、この東洋人は・・?という感じだったのに。

自分が生き抜いて来た時間を過ごした場所に、たまたま互いに居合わせた御近所同士、そんな、同士感覚が、地域社会を形成する。その同士感覚の形成には、時間がかかるのだと思います。

その時間、そこに滞在できるかどうかが地域社会の形成の一番の要員かもしれないです。

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